伊藤 野枝

書簡 大杉栄宛

宛先 東京市麹町区三番町六四 第一福四萬館発信地 千葉県夷隅郡御宿 上野屋旅館

今日は朝ハガキを書いたつきりでしたね。あなたのお手紙を拝見して、私も大変いい気持になりました。本当に今私は幸福です。そして、あした電話をかける事を楽しみにして。

今日は午後からはじめてのいい天気でしたので、板場と女中を一人つれて山へ行きました。海が真つ青で、静かで、本当にいい景色でした。暫く山の上にゐて、それから又ゆつくり歩いて帰つて来ました。ですけれど、帰る途中からまた体の工合が変になつて、それつきり黙つて寝てしまひました。でも、あなたの事を考へるとおちつきを失つてしまひますので困ります。此処の女中たちはヒステリイ患者だと思つてゐるらしいのです。

今日はもう夕飯をすまして眠らうと思ひましたけれど、眠れないので三味線をいぢつて見ましたけれど、面白くも可笑しくもないのでやめて、あなたのお手紙を順々に読んで、何んだか物足りなくてこれを書き出したのです。ゆうべウヰスキイを飲んだ上にまた日本酒を一本あけましたので、急に体に変調が来たらしいのです。自分ながら気むづかしいのに驚いてゐます。

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