大坪 砂男

浴槽

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ここから関東平野を一気に千メートル登ろうという碓氷峠の、アプト式鉄道の小刻みな振動を背筋に感じながら、私は読みさしの本をわきに伏せた。

見おろす目の下に、旧道添いの坂本の宿が、きらきらと緑の美しい六月の光を吸って、音無しの村のように静まっている。時の観念から遊離した仙郷とでも云いたい眺めだった。

それも、不意に一切がトンネルの闇に消されると、急に車輪の響きがひどく耳にこたえた。うす暗い電灯の中で見るせいか、ずっと前の席に向合って来た青年の顔半分が蔭になって、だいぶ年寄りじみた印象に変る。それが私の方へじろりと、何か話したそうな唇を動かしかけて、またすぐ目をそらした。ハンケチでしきりに額の汗をぬぐっている。

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