高浜 虚子

別府温泉

一

道路のアスファルトがやわらかくなって靴のあとがつくという灼熱の神戸市中から、埠頭に出て、舷梯をよじて、紅丸に乗ると、忽ち風が涼しい。

ここから神戸市中を振り返って見ると、今まで暑さにあえいでおった土地も、涼しげな画中の景となって現れて来る。そうしてその神戸埠頭が今はもう視界から去ってしまう頃になると、左舷には淡路島が近より、右舷には舞子、明石の浜が手に取る如く見えて来る。私は甲板の腰掛に腰を下して海風の衣袂を翻すに任している。

先に帆襖を作って殆ど明石海峡をふさいでいるかと思われた白帆も、近よって見るとかしこに一帆ここに一帆という風に、汪洋たる大海原の中に真帆を風にはらませて浮んでいるに過ぎない。

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