伊藤 野枝
貞操に就いての雑感
在来の道徳の中でも一番婦人を苦めたものは貞操であるらしい。
私は今迄かなり貞操と云ふことについては他人の考へを聞いたり教へられたりしたけれど私自身のちやんとした貞操観と云ふものは持たなかつた。私は本当にその事に就いてはさう考へるやうな事に今迄出会はなかつたし自分でも是非考へなければならないことであるとも思はなかつた。併し今迄他の人々の所謂貞操観を聞く度びに多少の意見は持たないでもなかつた。
此度はしなく生田花世氏と安田皐月氏の論文によつて私は始めて本当に考へさゝれたけれどもそれとても矢張両氏のお書きになつたものを土台としての自分の考へでまだちやんとした貞操観にはなつてゐない。
十日頃平塚氏と会つたときその話が出ていろ/\話して見てまた更に自分の考へを進めて見た。けれども結局本当に痛切な自分の問題にはならなかつた。そうして最後に私が従来の貞操と云ふ言葉の内容に就いて考へ得たことは愛を中心にした男女の結合の間には貞操と云ふやうなものは不必要だと云ふこと丈けであつた。