伊藤 野枝
中村孤月様へ
私は、あなたにはもう一切手紙を書くまいと思つてゐました。けれども廿五日の第三帝国を読みまして、我慢してゐられなくなりました。私は昨夜それを読みました。私はその事についてぢつと考へつゞけて居ります。それで他の事は何にも書けません。それでこの手紙を書く事にしました。もしこれが第三帝国の原稿として不都合ならば致し方はありませんから一と通りお読み下すつたらお返し下さい。この次にはすこし実のあるものを書くことをお約束いたしませう。
あなたの幾度も/\の御催促に何故私が御返事をさしあげませんでしたかあなたは御存じないでせう、お気がつかないのでせう、それは前のあなたの手紙と後のがあまり違つてゐましたので私はすつかり腹を立てたのです。第一のお手紙には返事をかきました。第二のお手紙にいま御返事をしながらそのちがつてゐる処を申上げます。
あなたは一番に、私よりえらいと思ふ人があるなら名を挙げろと仰云つてゐます。私は私たちの云つたり行つたりすることがえらいとかえらくないとか云へることではないと思つてゐます。あたりまへな人間として考へたり行つたりすることしかないのですもの、私は平凡な人間です。さう賞められるやうな何物も持つてはゐません。私の感想は皆平凡な人間の感想です。普通な感想です、誰でも一度はさう云ふ感想が浮ぶにちがひはありません。私の考へは普通の人間にわかる普通の人間の考へてゐること以外の何でもありません。私がもしもさうした考へたことを書いたりしやべつたりすることをしなかつたら私は矢張り誰にも平凡な一人の人間としてしか見られないでせう。たゞ幸か不幸か私は自分の思つてゐることをどうにかかうにか現は