森下 雨村

三十六年前

「二銭銅貨」が世に出たのが大正十二年、ついこの間のような気がするが、正しく三十六年の昔である。いま、「宝石」を中心に活躍している作家諸君の大半が、おそらく産声をあげたか、まだやっと這い這いをしていたころであろう。それから今日まで、戦争騒ぎでそこばくの蟄居時代はあったにしても、探偵小説への情熱をもちつづけて、海外ものの研究に、新人の育成に、倦くなき努力をつづけてきた江戸川君の労は、まったく多としなければならない。

還暦を祝うということは、昔とちがって、日本人の平均年令がぐっと上昇したといわれる今日では、旧慣にしたがうだけで大した意味もないと思うが、江戸川君の場合は、そこに大いに意味あっての祝賀であり、その労を多とし、なお一層の健在と健康を期待するという意味を多分にふくめて、双手をあげて乾杯してよろしいであろう。

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「二銭銅貨」が新青年に発表せられた当時の思い出話は、一度ならず筆にも口にもしたことでもあるが、若い人たちには耳新しい読者もあろうし、それに古い読者にもあの当時の雑誌編集の内幕話は、いくらか興味もあろうかと、いま一度、あのころのことをふり返ってみる。

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