江戸川 乱歩

指環

A 失礼ですが、いつかも汽車で御一緒になった様ですね。B これは御見それ申しました。そういえば、私も思い出しましたよ。やっぱりこの線でしたね。A あの時は飛んだ御災難でした。B いや、お言葉で痛み入ります。私もあの時はどうしようかと思いましたよ。A あなたが、私の隣の席へいらしったのは、あれはK駅を過ぎて間もなくでしたね。あなたは、一袋の蜜柑を、スーツケースと一緒に下げて来られましたね。そしてその蜜柑を私にも勧めて下さいましたっけね。……実を申しますとね。私は、あなたを変に慣れ慣れしい方だと思わないではいられませんでしたよ。B そうでしょう、私はあの日はほんとうにどうかしていましたよ。A そうこうしている内に、隣の一等車の方から、興奮した人達がドヤドヤと這入って来ましたね。そして、その内の一人の貴婦人が一緒にやって来た車掌にあなたの方を指して何か囁きましたね。B あなたはよく覚えていらっしゃる、車掌に「一寸君、失敬ですが」と云われた時には変な気がしましたよ。よく聞いて見ると、私はその貴婦人のダイヤの指環を掏ったてんですから、驚きましたね。A でも、あなたの態度は中々お立派でしたよ。「馬鹿な事を云ってはいけない。そりゃ人違いだろう。何なら私の身体を検べて見るがいい」なんて、一寸あれ丈けの落着いた台詞は云えないもんですよ。B おだてるもんじゃありません。A 車掌なんてものは、ああした事に慣れていると見えて、中々抜目なく検査しましたっけね。貴婦人の旦那という男も、うるさくあなたの身体をおもちゃにしたじゃありませんか。でも、あんなに厳重に検べても、とうとう品物は出ませんでしたね、みんな

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