野村 胡堂
平次放談
江戸のよさ
江戸のよさということを、いまの人は忘れていると思います。江戸というものは、いいものだし、たいしたものでした。
当時、両国にはたいへん猥褻な見世物があって、いまのストリップ・ショーなんか、とても追いつくものではなかったというんですね。
ところが、そこに行くのは、折助とか、やくざとか、田舎から出てきた江戸見物の人たちで、江戸の堅気の人たちは、決してそこに近づかなかった。
野村 胡堂
江戸のよさ
江戸のよさということを、いまの人は忘れていると思います。江戸というものは、いいものだし、たいしたものでした。
当時、両国にはたいへん猥褻な見世物があって、いまのストリップ・ショーなんか、とても追いつくものではなかったというんですね。
ところが、そこに行くのは、折助とか、やくざとか、田舎から出てきた江戸見物の人たちで、江戸の堅気の人たちは、決してそこに近づかなかった。