中谷 宇吉郎

科学と国境

はしがき

科学と国境という問題は、以前から論議されてきた課題であるが、原子力の解放にまで到達した今日の新しい時代になってみると、急激にその切実さを増してきた感がある。

第二次世界大戦の前頃、一時この問題が、大分騒がれたことがある。あの時代は、一口にいえば、国家主義的な風潮が、世界的に瀰漫した時代であった。従ってこの問題は、とかくそれぞれの国における軍の機密の問題と、関連がつけられ勝ちであった。しかしそれは表面に現われた形であって、その根元には、科学の世界性と超国家主義的風潮との争いがあったといった方がよいであろう。

当時流行した言葉の中に、「科学に国境なし、されど科学者に祖国あり」というのがあった。確かパスツールの言だったように記憶しているが、それは誰でもよい。この言葉は、当時の国家主義者たちにも、耳ざわりがよかったし、又ジャーナリズムの上でも、大いにもてはやされたものである。

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