中谷 宇吉郎

『ケプロン・黒田の構想』について

黒田構想

一八六八年は、日本が中世の封建制度から脱却して、近代世界へはいった年として、日本の歴史の上で、一番重要な年である。われわれは、これを明治維新といっている。

明治政府が、その創設と同時に着眼したのは、北海道である。北海道は、その他の日本全土の三分の一の面積をもつ大きい島であって、当時はエゾと呼ばれていた。このエゾの島は、全島が千古の密林におおわれ、沿岸の海は豊富な魚で満ちていた。地下資源もきわめて豊かと推察された。

後の黒田長官は、明治三年(一八七〇年)に北海道開拓次官に任命されたが、彼は、当時の日本の三分の一に当る、この広漠かつ未開の土地の開発に、まったく新しい構想をたてた。それは範をアメリカの開発に求めたことである。百年前のアメリカは、まだ東部だけに限られていた国で、中部および西部は、開発途上にあった。その活溌な開発様式を、北海道に導入する計画をたてたのである。

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