中谷 宇吉郎

母性愛の蟹

加賀の蟹は、東京などにもよく知られている。いわゆる「ずわい蟹」という。脚の長い形のよい蟹である。

この蟹は、一般には、越前蟹と呼ばれているが、肉は白い大理石のような色をしていて、きめのこまかい締った肉の歯ごたえが、誰にも喜ばれている。

しかしこの蟹とほとんど同じ時期に、「こうばく蟹」という小さい蟹も、北陸の沿岸では、たくさん漁れている。甲の大きさは、直径二寸足らず、細くすんなりと伸びた脚を伸ばしても、全長七寸程度の小さい蟹である。形はだいたい「ずわい蟹」と似ていて、少しお腹をふくらました感じである。

このこうばく蟹は、ほんとうは、ずわい蟹の雌であって、ただ形がひどく小さいだけの違いである。似たような形というのも当り前であって、同じ種の雄と雌とである。ずわい蟹は、脚を伸ばすと、全長一尺五寸から、大きいのになると、二尺くらいもある。そういう立派な蟹と、全長七寸程度のこのこうばく蟹とをならべてみると、全く別の種類のように見える。しかし動物学的には、全く同じ種類の雄と雌とのちがいだけである。

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