中谷 宇吉郎

私のふるさと

私のふるさとは、石川県の片山津という温泉地である。柴山潟という湖のほとりにあって、私の子供のころは、まだ淋しい湖畔の小さい温泉地であった。

この潟にはあしが一面に生えていて、ばんという黒い水鳥が、たくさん棲んでいた。泉鏡花の小説にも出てくるが、このばんという鳥は、何となくこの世ばなれをした感じを与える鳥である。女のたましいを思わすような眼をしている。それも玄人風な女である。

温泉地であるから、毎晩のように三味線の音や女の唄声などが、宿屋の明るい窓を洩れて、暗い湖の面に消えていくというような風情があった。もっともその頃はまだ電灯のなかった頃で、街は暗く、それにひどい田舎の温泉地のことであるから、色っぽいところがあったといっても、きわめて素朴なものであった。

北陸地方のことであるから、冬になると、よく雪やみぞれをまじえた強い風が吹いた。そういう時は、温泉宿にもほとんど客がなく、湖がまるで海のように荒れた。その浪音が、床の中までひびき、枕もとのランプの小さい火がゆらゆらと動いた。戸じまりの悪い田舎の家は、いろいろなところが、がたがたと鳴った。

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