中谷 宇吉郎

低温室だより

一

御名前の記憶ちがいだったら大変失礼であるが、楚人冠先生か誰かの随筆の中にこんな話があった。

先生が、大分昔の話であるが、どこかの田舎で講演をされたことがあった。聴衆は村の人たちで、知識階級などというものとは凡そ縁の遠い、ただの農家の主人とか娘さんとかいう人たちであった。

その講演がすんで辞去されようとしたら、世話役の人が、とんでもなく大きい籠に卵を一杯入れて、御礼にくれたそうである。昔のことで、卵などふんだんにあった時代の話なので、先生は少し持て余し気味ながら、折角の厚意と思って貰って帰られたそうである。

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