中谷 宇吉郎

壁画摸写

二千六百年の記念事業の中で、百年後の日本人に最も感謝されるものは、今度の法隆寺の壁画の摸写ではあるまいかと、友人の一人が私に語ってくれたことがある。

そう聞いて見れば、なる程その通りかもしれないという気がする。法隆寺の壁画のことは、色々と美しい感嘆の言葉は聞いているが、まだ見たことはなかった。もっとも機会を作れば、春秋の拝観期に大和を訪れることも出来なくもなかったが、懐中電灯の光でぬすみ見る程度では、吾々素人にはその価値が分りそうにも思えなかった。

ところがこの頃、蛍光灯の光で見た壁画の美しさと貴さとを讃仰する記事を新聞で読んで以来、急にこういう機会に一度あの壁画を見たいものだという気持が強くなった。吾々の民族の持った最高の芸術品が、千年の闇の中から初めて白日の下に浮き出たという、そのことだけでも、心を惹かれるに十分であった。もっともそれが案外本音であって、白鳳時代か奈良朝の初期か、いずれにしてもその頃の歴史も美術もしらない私たちが、鑑賞しようなどというのは少し大それた考えなのであろう。

新涼の頃からぼんやりそんなことを考えていた矢先、思いがけず仏事で郷里へ帰ることになり、二三日の暇を大和に割く機会が出来た。それに友人Y君が案内に立とうという話もあって、難なく待望の壁画を見ることが出来たのであった。そして今も眼底に残る数々の像を思い見ながら、大和まで足を伸したことは十分酬いられたと感謝の気持になっている。これも仏縁の一つのあらわれであろう。

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