谷崎 潤一郎

小僧の夢

………己は名前を庄太郎と云って、今年十六歳になる商店の小僧だ。己の勤めて居る商店は、銀座三丁目の大通りにある、池田屋と云う洋酒店だが、京橋近辺に住んで居る人は大概知って居るだろう。日本橋の方から来て、京橋を渡って、五六丁行った左側に、あんまり立派でもないけれど、小綺麗なショウ、ウインドウの附いて居る、二階建て西洋造りの店があるだろう。その二階の窓から、夕方になると、十七八の、髪をハイカラに結った美しいお嬢さんが、時々うっとりと往来を眺めて居ることがあるだろう。池田屋と云って分らなければ、此のお嬢さんの住んで居る店だと云ったら、多分知らない者はあるまい。己の信ずる所によると、内のお嬢さんは、銀座街頭第一の美姫なのだから。

しかし、若しも読者が、今後銀座の大通りを散歩する折があったら、二階の窓のお嬢さんを拝む序に、店先の帳場の椅子に腰かけて居る、色の黒い、眼の窪んだ、極めて陰鬱な表情を持った一人の小僧に一瞥を与えてくれ給え。そうして、能う可くんば其の小僧の貧相な顔つきと、哀れな服装と、見すぼらしい境遇とに、一片の同情を寄せてくれ給え。

尤も、己ばかりが小僧をして居る訳でもないから、従って己ばかりが諸君の同情を要求する権利は無いかも知れない。先ず此の銀座通りだけでも、門並の商店に奉公して居る丁稚の数は、幾百人幾千人あるか分らない。己と同じくらいの年配で、自分の実家が貧しい為めに、中学へも行けず、親の傍にも置かれず、奉公に出された人間は定めし多勢あるだろう。内の店などは、主人夫婦も割合に親切だし、店員にも意地の悪い者は少いし、おまけに例のお嬢さんのお顔を、朝晩拝む事が出来るのだから、孰

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