谷崎 潤一郎
細雪
一
雪子は二月の紀元節の日に関西へ来てから、三、四、五と、今度は殆ど四箇月も滞留するようなことになって、当人もいつ帰ろうと云う気もなくなったらしく、何となく蘆屋に根が生えてしまった形であったが、六月に入ると間もなく、珍しいことに東京の姉から縁談を一つ知らせて来た。「珍しい」と云うのは、それが実に一昨年の三月、陣場夫人があの野村と云う人の話を持って来て以来のもの、―――二年三箇月目の縁談であると云う意味でもあるが、又、ここ数年来、雪子の縁談と云えばいつも幸子が聞き込んで東京の方へ知らせてやるのが恒例のようになっており、本家の夫婦は義兄が一度手を焼いてからついぞ積極的に心配しようとはしなかったのに、今度は義兄が先ず動いて姉に話し、姉から幸子へ知らせて来たと云う訳で、その意味に於いても珍しいのであった。尤も、幸子宛に来た姉の手紙を読むと、少し頼りないようなところもあって、飛び着く程の縁談とも云えないのであるが、ありようは、義兄の長姉が縁付いている大垣在の豪農に菅野と云う家があり、その菅野家が昔から懇意にしている、名古屋の素封家に沢崎と云うのがある、この沢崎家は先代が多額納税議員をしていたくらいな、聞えた家柄なのだそうであるが、今度菅野の姉の斡旋で、その家の当主が雪子との見合いを望んでいるのであると云う。そう云えば、菅野の姉と云う人は、辰雄の兄や姉達の中では一番幸子たち姉妹をよく知っている関係にあった。幸子はたしか二十歳の時、辰雄や、鶴子や、雪子や、妙子たちと一緒に長良川の鵜飼へ行った帰りに菅野家へ寄って一泊したことがあり、それから両三年後にも一度、矢張同じ顔触れで、茸狩に招かれたこと