山本 周五郎
おさん
一の一
これ本当のことなの、本当にこうなっていいの、とおさんが云った。それは二人が初めてそうなったときのことだ。そして、これが本当ならあした死んでも本望だわ、とも云った。言葉にすればありきたりで、いまさらという感じのものだろうが、そのときおさんは全身で哀れなほどふるえてい、歯と歯の触れあう音がしていた。世間にはありふれていることではあっても、それは人間が一生にいちど初めて口にする、しんじつで混りけのない言葉であった。おれはごく平凡な人間だった。職人の中でも「床の間大工」といわれ、床柱とか欄間、または看板とか飾り板などに細工彫りをするのが職で、大茂の参太といえば相当に知られた名だとうぬぼれていた。行状だってちっとも自慢することはない、素人の娘、ひとのかみさん、なか(新吉原)には馴染もいたし品川も知っている、酔ったときにはけころと寝たこともあるくらいで、ただ、しんそこ惚れた相手がなかった、というのが取り得といえばいえたかもしれない。としは二十四、仕事が面白くなりだしたときだから、女のことなどはどっちでもよかった。おさんは大茂の帳場で中どんを勤めていた。吉原の若い衆の呼び名のようであるが、「中ばたらき」というくらいの意味だろう、いってみれば奥と職人とをかけもちで、茶をはこんだり、弁当の世話をするくらいで、それほど親しく知りあってはいなかった。あとで聞くと、おさんのほうではまえからおれのことが好きで、自分の気持を知ってもらいたいために、いろいろじつをつくしたということだ。そう云われてもおれにはなにも思いだせなかった。ちょっときれいな女だな、くらいなことは思ったろうが、自分が好かれている