山本 周五郎

赤ひげ診療譚

一

十二月にはいってまもない或る日の午後八時過ぎ、――新出去定は保本登と話しながら、伝通院のゆるい坂道を、養生所のほうへと歩いていた。竹造が去定の先に立って、提灯で足もとを照らしながらゆき、薬籠は登が負っていた。一人の使用人に二つの仕事を同時にさせてはならない、と去定はつねに云っている。医員たちはべつであるが、下男下女、庭番などにはこの内規が固く守られていて、これまでにも登が薬籠を背負うことは珍らしくなかったし、去定その人も例外ではなかった。

――疲れているんだな。

去定の話を聞きながら、登は心の中でそっと首を振った。去定は疲れてくると怒りっぽくなる。その日はことに病人が多く、十五カ所も診察に廻ったあとで、帰りがいつもより一刻ちかくもおくれ、疲労と空腹のためにいっそう苛立っていたらしい。「かよい療治の停止」について、役人たちの無道さを激しく非難した。

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