山本 周五郎

石ころ

一

ああ高坂の権之丞さまがお通りなさる、また裏打の大口を召しておいでですね、あの方のは大紋うつしでいつも伊達にお拵えなさるけれど、お色が白くてお身細ですから華奢にみえますこと。お伴れは三枝勘解由さまの御二男ですわ、お名はなんと仰しゃったかしら。それは紀久さまがご存じでございましょう。まあ悪いことを仰しゃるわたくし存じあげは致しませんですよ、それよりごらんあそばせ小山田さまの御老人が下腹巻でいばっていらっしゃいますわ。まあお髪の眼だって白くおなりなすったこと……

晩秋の午後のひざしの明るい御隠居曲輪の繩屋の縁さきに出て、十人あまりの若い娘たちがさいぜんからかしましく囁き交わしていた。すでに葉の散りつくした桜の樹間ごしに、壕を隔てて向うがわの道をお城から下って来る侍たちがうち伴れて通るのが見える。かの女たちは今その人々を指しながら若い娘らしくそれぞれしなさだめに興じているのだった。松尾はそのなかまから離れて、独りでせっせと草鞋を作っていた。甲斐のくに古府城では、筋目ただしい家の娘たちが選まれて、代る代るお城へあがって草鞋を作ったり蓆を編んだりするならわしがあった。伝説によるとそれは、「信玄公の隠し草鞋」といって作りかたに特別な法があり、雪中を行軍するときなどその足跡によって軍の方向を敵に知られることのないように出来ている、それで筋目ただしい家の者が選まれて作るのだということだった。そうでないにしても年頃の娘たちに武者草鞋を作ったり軍用の蓆を編ませたりすることは、武家の女性としての鍛錬の意味だったことにまちがいはあるまい。それはまたかの女たちにとっても楽しいことのひとつだった。なぜか

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