山本 周五郎
源蔵ヶ原
市三がはいってゆくと、その小座敷にはもう三人来ていた。蝶足の膳を五つ、差向いに並べ、行燈が左右に二つ、火鉢が三つ置いてあった。
瓦屋の息子の宗吉をまん中に、こっちが石屋の忠太、向うに左官の又次郎が坐っていた。市三はかれらに頷いて、こっち側の奥の席へ坐った。宗吉がいま始めたところだと云い、又次郎が市あにいお先へとじぎをした。忠太はぶすっとした顔で、自分の盃を市三に差そうとし、気がついたのだろう、途中でやめて、こんどは燗徳利を渡そうとした。
「置いとけよ」と宗吉がそれを止めた、「いま持って来るだろう」
「おれたちのしきたりはおかしいよ」と忠太は手酌で飲みながら云った、「盃のやりとりなし、酌のしっこなし、よそで人と飲むときにはまごつくばかりだ」