山本 周五郎
寒橋
一
お孝はときどき自分が恥ずかしくなる。鏡に向っているときなど特にそうだ。
「――まあいやだ、いやあねえ」
独りでそんなことを呟いて、独りで赤くなって、鏡に写っている自分の顔を、一種の唆られるような気持で、こくめいに眺めまわす。全般的に見て、いやな言葉だけれども、膏がのってきている。皮膚が透けるようなぐあいで、なにかの花びらのように柔らかくしっとりと湿っていて、撫でると指へ吸いつくような感じである。
山本 周五郎
一
お孝はときどき自分が恥ずかしくなる。鏡に向っているときなど特にそうだ。
「――まあいやだ、いやあねえ」
独りでそんなことを呟いて、独りで赤くなって、鏡に写っている自分の顔を、一種の唆られるような気持で、こくめいに眺めまわす。全般的に見て、いやな言葉だけれども、膏がのってきている。皮膚が透けるようなぐあいで、なにかの花びらのように柔らかくしっとりと湿っていて、撫でると指へ吸いつくような感じである。