山本 周五郎

避けぬ三左

一

「おい、むこうから来るのは三左だろう」「そうだ三左だ」「天気を訊いてみるから見ていろ」天正十七年十二月のある日、駿河国府中の城下街で、小具足をつけた三人の若者がひそひそささやいていた。

そこへ大手筋の方から、ひとりの大きな男がやって来た。眉のふとい、口の大きな、おそろしく顎骨の張ったいかつい顔である、眼だけは不釣り合いに小さく、おまけに処女のような柔和なひかりを帯びている。肩は岩をたたんだようだし、手足のふしぶしは瘤のような筋肉がもりあがっている。葛布の着物におなじ短袴をつけているが、袖は肱にとどかず、裾はようやく膝をかくすにすぎないから、このたくましい肉体はまるでむきだし同然だった。……こういうなりかたちといい、腰に帯びた四尺にあまる大剣といい、およそひと眼を惹く存在であるのに、彼はそのうえ痩せこけたちっぽけな犬を一匹つれていた。大げさに云えば掌へ載りそうである。毛色の黒い鼻面の尖った、いかにも臆病そうに絶えずきょときょとして、ちょっと大きな音でもすると、ひとたまりもなく悲鳴をあげて跳びあがる、つまり頑厳たる主人とはまったく相反したやつで、なんとも奇妙なとりあわせであった。

待っていた三人のうち、口髭をたてた一人の若侍は相手が近よって来るのを待ちかねて呼びかけた。

青空文庫の作品カード