山本 周五郎
蜆谷
一
「こんなに鴨の寄らないこともないもんだ、もう師走という月でまるっきり影もみせない」風邪でもひいているような、ぜいぜい声でこう云うのが聞こえた、「もう十年もむかしだったか、沖の島の杓子岩のくずれた年だかに鴨の寄らないことがあった」
「なむあみだ、なむあみだ」別の声がうたうような調子でそう云った、「ばかな凍てだ、これじゃあまた明日は寝て暮らすだ、出て来なけりゃあよかった」
「猟場が変わったのもたしかだ、洲の鼻の千本杭から内湖のしりへかけて、去年はだいぶ捕れたというはなしだ、餌が片寄るからだろう」