山本 周五郎
竹柏記
一の一
城からさがった孝之助が、父の病間へ挨拶にいって、着替えをしに居間へはいると、家扶の伊部文吾が来て、北畠から使いがあったと低い声で云った。
「もし御都合がよろしかったら、夜分にでもおいで下さるようにとのことでございました」
訝しそうな眼を向けたが、孝之助は頷いた。北畠の叔母に関する限り、できるだけ話を簡単にするのが、長いあいだの習慣であった。伊部は、きょう一日の家事について、二三の報告をし、なお他に用があるかどうかを訊ねたのち、邸内にある自分の住居へ帰っていった。
山本 周五郎
一の一
城からさがった孝之助が、父の病間へ挨拶にいって、着替えをしに居間へはいると、家扶の伊部文吾が来て、北畠から使いがあったと低い声で云った。
「もし御都合がよろしかったら、夜分にでもおいで下さるようにとのことでございました」
訝しそうな眼を向けたが、孝之助は頷いた。北畠の叔母に関する限り、できるだけ話を簡単にするのが、長いあいだの習慣であった。伊部は、きょう一日の家事について、二三の報告をし、なお他に用があるかどうかを訊ねたのち、邸内にある自分の住居へ帰っていった。