山本 周五郎
壺
一
寛永十二年十一月の或る日、紀伊のくに新宮の町の万字屋という宿に、木村外記となのる中年の武士が来て草鞋をぬいだ。背丈のすぐれて高い、骨ぐみのがっちりとした、いかにも精悍なからだつきだし、浅黒い膚の面ながな顔にぐいと一文字をひいたような眉や、ひき結ぶと少しうけくちになる口もとや、そしてときどきひじょうに鋭い光りを放つ双眸など、すべてが逞しい力感に満ちているが、そういう風貌とは反対に着ている物も粗末だし、挙措も言葉つきも鄭重でものしずかだったから、心なく見る眼にはちょっと近づきにくいというだけで、ごく平凡な、ありふれた武家のひとりとしかうつらなかった。……食事のときにお島という婢が「お武家さまも本宮へご参詣でございますか」そう訊くと、木村外記という武士はそうだと頷いた。新宮は紀州徳川家の国老のひとり水野出羽守の所領(三万五千石)でその居城があり、まわりには熊野本宮、新宮、那智神社、補陀落寺、那智ノ滝など名所が多く、山川の風光も美しかったから、四季おりおりに探勝の杖をひく人が絶えない、夫木、玉葉、新古今などの歌集にもこのあたりを詠んだ秀歌がたくさん載っている。……こういう客は宿へ泊るときまったように名所まわりのあれこれを根問いするもので、婢たちもそれに答えてところ自慢をするのが愛相のひとつになっている、いまもお島は木村外記となのる客が熊野詣でをするというので、なにか訊かれたら知っている限りの話をしようと、給仕の盆を膝にしながら待ち構えていた。けれども相手はそうだと云って頷いたきりなにも云わない、黙ってひっそりと箸を動かしている、べつに肩肱を張っているわけではないが、そのしずかな、音