山本 周五郎
夏草戦記
一
慶長五年(一六〇〇)六月のある日の昏れがたに、岩代のくに白河郡の東をはしる山峡のけわしい道を越えてきた一隊百二十余人のみしらぬ武者たちが竹置という小さな谷あいの部落へはいって野営をした。……かれらは馬標も立てず、旗さし物もかかげていなかった。みんな頭から灰をかぶったように埃まみれで、誰の顔にも汗の条が塩になって乾いていた。疲れきっているとみえてむだ口をきく者もなく、部落へはいるなりぱたぱたと地面へからだを投げだす者が多かった。部将は三十二三になる眼のするどい小柄で精悍そうなからだつきの男だったが、村へ着くとすぐ二人の副将をつれて村長の家をおとずれた、そしてそこを宿所にきめ、各隊の番がしらを呼び集めて野営の命令をだした。
隊士たちは静粛に列を解いた、甲冑や具足をとり草鞋をぬいで、谷川の畔りや噴き井のまわりへ汗を拭きに集った。そこにも此処にもたくましい裸が往き交い、水音がこころよくあたりにひろがったが、やっぱりむだな話しごえはどこにもおこらなかった。荷駄を曳いて来た二十余人の足軽たちは三カ所にわかれて兵粮をつくり、それを手ばやく各隊へ配ってまわった。日没のはやい谷峡はもうすっかり昏れて、空には星がきらめきだしていた、風のないむしむしする宵だった。蚊の群れが八方から寄ってくるなかで、武者たちは笑いごえもたてず兵粮をつかった、湯を啜るにも音を忍ばせるし、隣りの者と話をするのも声をひそめた、「済んだ者は腰兵粮をわけるから荷駄へ集れ」そう伝えてまわる使者の声もどこかしら押えつけたように低かった。そしてすっかり終ると、かれらは黙々として鎧や具足をつけ、新しい草鞋をとりだして穿いた、銃隊は