山本 周五郎
評釈勘忍記
一
駒田紋太夫は癇癖の強い理屈好きな老人であるが、酒がはいってるときはものわかりのよい人情家になる。そのときも程よく酔っていた。そのうえ多年の念願だった隠居の許しが下って、数日うちに城北いなり山の別宅に夫婦だけで移ることになり、すでに荷物も送り出したという状態で、甥の庄司千蔵にとっては又とない面会の好機だった。もちろん初めは渋い顔をみせられた。江戸邸から精しい手紙が来ていたとみえて、拳固一つくらいの事まで「なんたる態たらくだ」などとどなられた。千蔵のほうでは覚悟のまえであった。どうせ褒められようとは思っていない、小さいじぶんこの伯父さんが江戸に来るたんびに、癇癪を起こすのが面白くってよく悪戯をした。父と酒を飲んでいるとき、汁椀の中へ蜻蛉を入れたり、敷いてある寝床の中へ飛蝗を二十も突込んで置いたり、帰り際に刀を隠したりした。最も面白かったのは、厠へはいっているとき窓から西瓜を投げ入れたのと、酔って寝ている枕許へ半※(「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2-13-28)を置いて、起きると水をかぶるような仕掛けを拵えたときだ、甲のばあいは夜の厠で蹲んでいる頭へ西瓜が落ちたらしい、ごつんという音といっしょに「ひょう」というような奇声が聞えた。乙のときも予期以上に仕掛けがうまく利いて、起上るとたんにざっぷりと水をかぶったが、逆上したのだろういきなり刀を抜いて、無礼者と叫びながら転げている半※(「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2-13-28)を斬ったのには驚いた。「こいつは碌な者にはならん」とその頃から目の敵にされていたので、ぎゅっという目に遭うだろうくらい