山本 周五郎
武道無門
一
宮部小弥太は臆病者であった。
二十八にもなって、いまだに暗闇を独りで歩くのが怖かったり、夜半の上厠に怯えたり、他人の喧嘩を見るだけで震えたりするようでは、農夫町人としても臆病者の譏りはまぬかれないだろう。小弥太は小身ながら武士であった、然も寛永正保という、武家気質の最も旺盛な時代のことだから実に眼立った。……彼は物心のつく時分から、どうかしてもっと剛毅不屈な人間に成ろうとして、色々と苦心してみたのである。しまいには神社、仏堂に参籠までした。滝に打たれてもみたのである、けれど持って生れた性質はどうにもならなかったので、遂には自分でも諦めてしまった。
彼は三河国岡崎藩、水野監物忠善の家臣で、先手組五十石あまりの小身者だった。然しその「小身者」だということが、彼にはどんなに有難かったか知れなかった。仮に三百石か精々五百石どころの家に生れたとしたらどうだろう、彼にはそう考えるだけで身震いが出た。そして自分の軽い身分と、眼立たない境遇とを振返ってみて、心から安息を感ずるのであった。