山本 周五郎

へちまの木

一

房二郎が腰を掛けたとき、すぐ向うにいたその男は、鰺の塩焼を食べながら酒を飲んでいた。房二郎は酒を注文し、肴はいらないと云った。ふくれたような顔の小女は、軽蔑したような声で、酒一本、肴はいらないとさ、とあてつけがましい声でどなった。房二郎は慣れているらしく、知らん顔をしてい、その男はちょっとこっちを見たあと、骨までしゃぶった塩焼の皿を押しやり、芋汁を呉れと云った。

その「沢茂」という店は小さかった。客が十人もはいれるかどうか、まだ木ぐちは新らしいが、ぜんたいにひどく気取った造りになっていた。給仕は二人の小女で、どちらも田舎出だろう、化粧をしていないのは当然だが、手足もまっ黒だし、赤ちゃけた髪もぼさぼさ、動作も荒っぽいという、まるで野放しの仔熊みたような小娘たちであった。

「年に一度か二度のこったが」脇のほうの飯台で職人ふうの、中年の男二人が、飲みながら話していた、「ついこのあいだまたやりゃあがった、ちっとばかりならいいが、敷蒲団から畳まで濡らしちゃってるんだ」

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