山本 周五郎

山だち問答

一

追手門を出ると、遠い空でかみなりが鳴りだした。午さがりからむしていたし、雲あしがばかに早くなったので、これはあぶないなと思っていると、桜の馬場をぬけたところでとうとう降りだした。郡玄一郎はちょっとあたりを見まわしたが、向うに昌光寺の塔があるのをみつけてそっちへ急いだ。

石段を登るところでざっと来た。そして彼が山門へ入るのといっしょに、侍女をつれた武家の娘がうしろから駈けこんで来た。玄一郎はそちらを見ないようにしながら、濡れた頭や肩裾を拭いた。……いちめん雲に掩われて暗くなった空から、斜めに銀の糸を張ったように落ちてくる大粒の雨は、激しい音をたてて地面を叩き、霧のように飛沫をあげた。道を隔てた向うは矢竹蔵の長い土塀になっているのだが、あまり強い降りでそれさえ今は見えなかった。

「困ったねえこれは」とうしろで娘の声がした、「……おまえが通り雨だと云うから来てしまったのだけれど、これではちょっとあがりそうもないじゃないか、こんなことなら待っているか傘を持って来るんだった」

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