山本 周五郎

山椿

一

梶井主馬と須藤きぬ女との結婚式は、十一月中旬の凍てのひどい宵に挙げられた。

主馬は二十五歳のとき亡き父の職を継いで作事奉行になった。それには世襲の意味もないではないが、彼にはその才能のあることが認められたのも慥かだ。作事奉行は建築営繕のいっさいを管掌する、城館、寺社の修復、表座敷から台所に至る諸什器調度の修繕、掃除、検査など、事務は複雑多岐にわたっているが、主馬は職を継いで一年と経たぬうちに、その適任であることを証拠だてた。然しこれは、主馬がとびぬけた俊才だという訳ではない、寧ろ彼は平凡な事務家であった。現実的できちょうめんで、なにごとでも類別し統計し、対照表に作ってみないと承知しないという風だ。母親が父に一年おくれて亡くなったあと、みちという従妹が主婦の役をしている。彼女は母親の末弟の遺した孤児で、十六の年に梶井へひきとられて来た。思わしい縁談もないうちに婚期が過ぎてしまい、自分でも諦めたのだろう、古流の生花と二条流の笛をせっせと稽古して、これで身を立てるのだと云っている。……こういう不遇な身の上にも拘らず、みちは陽気でものにこだわらない性質だった。明るい暢びやかな気分をつくることがうまく、家の中に適当な笑い声を絶やさない。だが主馬にはこれが軽薄でうるさく、苦にがしいだけだ。叱るほど不愉快でもないが、いっしょに笑うようなことはめったにない、却って事務のことで出入りする下僚たちが、若い叔母か姉にでも対するように、うちとけたようすで相談をもちかけたり内証で酒をねだったりする。主馬は別に小言は云わないが、決してそれを宜しいと思うことはできなかった。――須藤家との縁談が始まったの

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