山本 周五郎
蘭
一
秋の日はすでに落ちていた。
机にむかって筆を持ったまま、もの思いにふけっていた平三郎は、明り障子の蒼茫と暗くなっていくのに気づいて、筆をおきながら、しずかに立って窓を明けた。
北に面した庭には女ダケの荒れたやぶとまだ若木のスギ林がひろがっている。その樹下のもやのたちこめたような暗がりから、障子の明く音におどろいたのだろう、一羽のウズラが荒ら荒らしい羽音をたてて飛びたった。すると樹下の暗がりが、いっそう暗くなるように思えた。
山本 周五郎
一
秋の日はすでに落ちていた。
机にむかって筆を持ったまま、もの思いにふけっていた平三郎は、明り障子の蒼茫と暗くなっていくのに気づいて、筆をおきながら、しずかに立って窓を明けた。
北に面した庭には女ダケの荒れたやぶとまだ若木のスギ林がひろがっている。その樹下のもやのたちこめたような暗がりから、障子の明く音におどろいたのだろう、一羽のウズラが荒ら荒らしい羽音をたてて飛びたった。すると樹下の暗がりが、いっそう暗くなるように思えた。