山本 周五郎

四日のあやめ

一

二月下旬の寒い朝であった。

六七日まえからすっかり春めいて、どこそこでは桜が咲きはじめた、などという噂も聞いたのに、その朝は狂ったように気温がさがり、家の中でも息が白く凍るほどであった。――早朝五時ちょっと過ぎたじぶん、千世が居間で鏡に向っていると、家士の岩間勇作が来て「来客です」と告げた。もちろん戸外は明るくなっているが、まだ客の来る時刻ではなかった。

「深松さまです、裏殿町の深松伴六さまです」と勇作は云った、「たいそうおいそぎのようすで、大事が起こったからすぐおめにかかりたい、玄関で、と申しておられます」

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