山本 周五郎
樅ノ木は残った
川の音
七月中旬の午後、――ひどく暑い日で、風もなく、白く乾いた奥州街道を、西にかたむいた陽が、じりじりと照らしていた。
「そうだ、あいつだ」と伊東七十郎は歩きながらつぶやいた、「どこかで見た顔だと思ったが、たしかに彼に相違ない」
七十郎は、片方の手で額をぬぐった。手の甲に、べっとりと汗が付き、髪の生え際には、汗が乾いて塩になっていた。着ている生麻の帷子も、袴も、汚れてほこりまみれで、萱笠をあみだにかぶり、彼は刀を肩にかついでいた。刀には旅嚢がひっ掛けてあり、その旅嚢が背中へ触らないように、かついでいる刀をあんばいしながら、歩いていた。