山本 周五郎
日本婦道記
一
「今夜は籾摺りをかたづけてしまおう、伊緒も手をかして呉れ」
夕食のあとだった、良人からなにげなくそう云われると、伊緒はなぜかしらにわかに胸騒ぎのするのを覚え、思わず良人の眼を見かえした。夕方お城からさがって来たのを出迎えたときにも、いつもはそこで大剣だけをとってかの女にわたすのに、その日にかぎって自分で持ったままあがった、顔つきもなんとなく違ってみえたし、高頬のあたりにきびしい線があらわれているように感じられた。……お城でなにかあったのかしら、そういう不安が夕食のあいだもあたまから去らなかった。そこへ常になく籾摺りを手つだえと云われたので、いよいよなにごとかあったのだと直感された。
義弟の郁之助を稽古におくりだし、姑のすぎ女と自分の食事をすませて、あとかたづけもそこそこに納屋へゆくと、良人はもうひとりで臼をまわしていた。燈油の燃ゆる匂いと、脱穀する籾の香ばしいかおりとがまじり合って、納屋の中はあまく噎っぽい匂いでいっぱいだった。