山本 周五郎

日本婦道記

一

北向きの小窓のしたに机をすえて「松の花」という稿本に朱を入れていた佐野藤右衛門は、つかれをおぼえたとみえてふと朱筆をおき、めがねをはずして、両方の指でしずかに眼をさすりながら、庭のほうを見やった。窓のそとにはたくましい孟宗竹が十四五本、二三、四五とほどよくあい離れて、こまかな葉のみっしりとかさなった枝を、澄んだ朝の空気のなかにおもたげに垂れている。藤右衛門はつやつやとした竹の肌に眼をやりながら、肩から背すじへかけて綱をとおしたようなつかれの凝をかんじた。

藤右衛門は紀州徳川家の年寄役で、千石の食禄をとり、御勝手がかりという煩務をつとめとおして来た。六十四歳のきょうまで、ほとんど病気というものを知らず、いくらか髪に白いものをまじえたのと、視力がややおとろえたのを除けば壮者をしのぐ健康をもっていた。けれどもその年の春さき、老年をいたわるおぼしめしから御勝手がかりの役目を解かれ、菊の間づめで藩譜編纂のかかりを命ぜられてから、おおくは自分の屋敷の書斎にとじこもって、したやくの者たちの書きあげてくる稿本に眼をとおすだけが仕事になり、煩雑な日常から解放されたのであるが、それ以来、かえって身すじにつかれの凝をかんじるようになった。いま机の上にひろげている稿本「松の花」は、藩譜のなかに編まれる烈女節婦の伝記と、紀州家中、古今のほまれ高き女性たちを録したものである。藤右衛門はつねづね、泰平の世には、婦道をただしくすることが、風俗を高めるこんぽんであると信じていた。それでその校閲にはもっとも念をいれ、一字一句のすえまで吟味を加えているのだが、この四五日はなんとなくつかれ易く、ともすれば惘然と筆

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