中谷 宇吉郎
温泉1
私は温泉が非常に好きである。少年時代を北陸の温泉地に送ったせいかも知れないが、今でも少し身体の調子が悪い時などは、いつも温泉に行ったら直ぐに元気になるのだろうという気がする。元気な時はまたそれなりに、夏休みなどには気の向いた本でも持って、山の温泉へ行って見たいと考えることがしばしばある。
温泉が本当に身体のために良いかどうかは、現今の医学では決定的な論断は下せないという話である。まあ効くだろうということくらいは云えるそうであるが、何故温泉が普通の湯、特に湯の花でも入れた湯よりも余計に効くかというような点になると、まるで分らないという話である。まあラジウムがあるからだろうとか、気分の転換が出来るからとか、都会生活を離れて清浄な空気が吸えるからとかいう程度の話はあるが、別に大した根拠のある話ではなさそうである。
それでも私には温泉が非常に身体に効くような気がして仕方がない。この信仰は、現今の科学が温泉は効かないという「証明」をして見せてくれるようなことがたとえあったとしても、なかなかに揺がない位根強いものではあるまいかと思われるほどである。もっともその心配はないのであって、一時温泉の効用などを顧る暇のなかったくらい忙しかった我が国の医学も、近年になって段々にその価値を認めるような傾向になったということである。
私の温泉に対する一種の信仰は、子供の時分私どもの郷里の田舎にあった湯治の風習が、幼い頭にすっかり浸み込んでしまったためではないかと思われる。この頃の都会で育った人、特に若い人たちには、温泉地というものは全くの遊覧地であって、療養地としての温泉などというものは想像も出来ないらし