久保田 万太郎
春深く
嘗て磯部というところへ行ったことがある。――上州のあの温泉の……
二十九の春とおぼえている。――駒形にまだいた時分だ。
みっともないから事の次第はいわない、とにかく、その時分、いまにして思えば空な話。――らちくちもない夢のような話をたよりに、わたしは、白痴みれんな毎日を送っていた。――寂しく、味気なく。――何をする張合もなく陰気そのもののような毎日を送っていた。
その間で、ふっと、東京にいるのがいやになった。――どこかへ行くことだ。――平生どこへも出たことのない奴がわけもなくそう思った。