室生 犀星

星より来れる者

「星より來れる者」序

このごろ詩はぽつりぽつりとしかできない。一時のやうに、さうたやすく書けなくなつたかはり、書くときはすらりと出てくる。それが詩の本統かもしれない。詩を書き出して十年になるが、やはり古くかいたことを時時かき換へてゐるにすぎない氣がする。併し一方からいへば、一つのものをかいても、本統に別な氣持でかいてゐることを考へると、形式でなく、輪廓でもない、心核から、しつかりと自分をかいてゐる氣もする。

 さういふわけで、私は特に作らうとするより、考へようとするより、れいの、すらりと書いてゐる。それすら極めて稀にしかできないのだから、私として珍らしい詩集かもしれない。詩などといふものは、甚だしく轉換るものでなく、一とところに目ざめてゐる心は、やはり、むかしのやうに一とところに寂然として沈んでゐるわけのものである。それゆゑ、變化つたとか變化らないとかいふことは、眞實そのものでなく、たんに形式や輪廓、もしくは詩行の配列などから言はれることが多いのである。

 リズムの問題なども、文字の上では、絶對にありえない。内容の優柔な波動や、その詩の心の状態などに、眞のリズムがある。形式や文字の列なりにはない。すくなくとも第一流の詩には、リズム論者などの通常的色盲にはふれることのできない、いいところがある。ぼんやりした美しい肉顏に向つてゐて、それがどうといふこともなく、ただ、じんわりとうつくしく感じるところの、その美がある。決して言ひあらはせない、目や口ではなく、また皮膚でもない、統べられた或るふしぎな美しさがある。詩もやはりさういふところにいいところがあるに違ひない。それは總て部分

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