永井 荷風
散柳窓夕栄
一
天保十三壬寅の年の六月も半を過ぎた。いつもならば江戸御府内を湧立ち返らせる山王大権現の御祭礼さえ今年は諸事御倹約の御触によってまるで火の消えたように淋しく済んでしまうと、それなり世間は一入ひっそり盛夏の炎暑に静まり返った或日の暮近くである。『偐紫田舎源氏』の版元通油町の地本問屋鶴屋の主人喜右衛門は先ほどから汐留の河岸通に行燈を掛ならべた唯ある船宿の二階に柳下亭種員と名乗った種彦門下の若い戯作者と二人ぎり、互に顔を見合わせたまま団扇も使わず幾度となく同じような事のみ繰返していた。
「種員さん、もうやがて六ツだろうが先生はどうなされた事だろうの。」
「別に仔細はなかろうとは思いますがそう申せば大分お帰りがお遅いようだ。事によったらお屋敷で御酒でも召上ってるのでは御ざいますまいか。」