新井 紀一

怒れる高村軍曹

一

消燈喇叭が鳴つて、電燈が消へて了つてからも暫くは、高村軍曹は眼先きをチラ/\する新入兵たちの顔や姿に悩まされてゐた。悩まされてゐた――と云ふのは、この場合適当でないかもしれない。いざ、と云ふ時には自分の身代りにもなつて呉れる者、骨を拾つても呉れる者、その愛すべきものを自分は今、これから二ヶ年と云ふもの手塩にかけて教育しようとするのであるから。

一個の軍人として見るにはまだ西も東も知らない新兵である彼等は、自分の仕向けやうに依つては必ず、昔の武士に見るやうに恩義の前には生命をも捨てゝ呉れるであらう。その彼等を教育する大任を――僅か一内務班に於ける僅か許りの兵員ではあるが――自分は命じられたのだ。かう思ふ事に依つて高村軍曹は自分が彼等に接する態度に就ては始終頭を悩まされてゐた。で、眠つてる間にもよく彼等新兵を夢に見ることがあつた。彼はどんな場合にも、自分の部下が最も勇敢であり、最も従順であり、更に最も軍人としての技能――射撃だとか、銃剣術だとか、学術に長じることを要求し希望してゐた。

彼は自分のその要求や期待を充足させることが、自分を満足させると同時に至尊に対して最も忠勤を励む所以だと思つてゐた。それに又競争心もあつた。中隊内の他のどの班の新兵にも負けない模範的の兵士に仕立てようと云ふ希望をもつてゐた。が、その希望はやがて大隊一の模範兵を作らうと云ふ希望になり、それがやがて聯隊一番の模範兵にしようといふ希望に変つて行つた。この時彼の心にはまた昔から不文律となつて軍隊内に伝はつてゐるところの、いや現在に於て自分たちを支配してゐるところの聯隊内のしきたり――部下に対する残虐なる制裁

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