上田 広
指導物語
鉄道聯隊の兵隊さんを指導することになった。私には本当に久し振りであった。なんでも運転係の助役さんの話では、今度は特別よい機関士ばかりを指導者に選んだと云うことだが、私にしても大変嬉しいわけである。私もこれで三十年近くも機関士をやっているのだから、例えばその兵隊さんがずぶの素人でも、大した頭の持ち主でなくとも、立派に一人前にしてやらなければならない。僅か三ヶ月やそこいらで、機関車を動かせるようにしろなんて無茶だ、と云うものもないではないが、この時局を考えたら、出来るかどうかやってみるより外に仕方がないだろう。それにまた考えようでは、どの兵隊さんもやがて戦地へ行く体だし、単に気がまえの点から云っても、平和の頃とは大分違っている筈である。こっちの出方では呼吸もぴったり合うにちがいない。いや合わせなければならない。そうすれば石炭を焚くスコップの扱いかたが悪いと云っても、制動機の使いかたに文句を並べても、お互いにまずい感情にも捕われないで済むだろう。正直なところ、私もこの年齢では戦場へも行けないし、子供は娘ばかりで兵隊にもやれないのだから、せめて可能の仕事を積極的にやり、幾らかでも非常時のお役に立ちたい、と云う決心をかためていた際でもあり、自然に仕事への張りも出て来たようである。
それに尚おありがたいことには、私の預った兵隊さんは、なかなかに物覚えが好いのである。訊いてみると小学校を卒えただけで、或る工場の見習工をしていたと云うのだが、機械の名称などもよく知って居り、知らないのも直ぐ覚え込んでしまう珍らしい若者であった。補充兵でまだ一ツ星ではあるが、毎日乗務が終って私に捺印をもとめる勤務