河井 寛次郎
社日桜
社日桜というのは、町の西端れの田圃の中に突出している丘の突端の、社日さんの石碑の傍にあった。昔はこの一本の桜で、丘中が花で埋まったと言われた。余程枝を張った木だったと見えて、近くでは一面に花しか見えず、遠くからは、大きな白雲の様だったと言われた。
社日さんというのは、五風十雨の平穏や、豊饒を祈る農家の人々の心のささえとなった神様であったが、誰が植えたか、この桜は、幹も枝も栄えて何時とはなしに、神様の座にとって代って、春の恵みを施す場所になってしまった。
子供達は、丘の芝生の中のこの桜の枯れた大きな株と、その株から出た一、二本の腕位なひこばえと、これを取り巻く麦畑と桑畑を見るたびに、話の様な花を想って見た。この一本の木に花を集めて、春を惜しんだ昔の人々――此辺の土の中には、幾世代にもわたる彼等の先祖のこぼした花見の酒や賑わいが、しみ込んでいる筈であった。
子供達は、やがては発明されるであろう、こんなものの検出出来る機械の出すかちかちという音を、聞く様な気がしないわけにはゆかなかった。