吉田 茂
私は隠居ではない
いやどうも、ごらんの通り元気でね、この分では当分死にそうもありませんよ、困ったもんです。呵々。丈夫だ丈夫だと云われるんですがね。いくら丈夫でも、焼跡の煉瓦塀みたいに、ただ丈夫だというだけじゃあ仕様がないんでね。何んかの役に立つんでなくちゃあ……。まあ、生きている限りは、お国のお役に立ちたいと思ってるんですがね。
文藝春秋は毎号拝見していますよ。といっても実はあまり雑誌や本を読まないんでね。表紙だけは毎号確かに見ていますがね。これが現代の画の代表かと思って見ていますよ。画はあんまり判りませんがね。
大体、文藝春秋は厚くって重過ぎるんでね。読もうと思っても、手がくたびれちまう。イギリスの紳士の資格というのを聞いたことがあるが、ライディング(馬に乗ること)にシューティング(銃猟)にドリンキング(酒を飲むこと)でしたかね。リーディング(本を読むこと)なんて含まれていませんよ。
大分以前のことだが、皇太子殿下にお眼にかかることがありましてね、その時、今の話を申し上げて、読書なんてことは、あまりなさらないでも宜しい、と申し上げたら、お付きの宮内官が渋い顔をしていましたがね。呵々。