河井 寛次郎
蝶が飛ぶ 葉っぱが飛ぶ
戦争も終りに近づいた頃でありました。東京も大阪も神戸も都市という都市が、大抵やっつけられてしまいまして、やがてはこの京都も、明日ともいわず同じ運命を待つ外ない時でありました。
私は毎日のように夕方になるとこの町に最後の別れをするために、清水辺りから阿弥陀ヶ峰へかけての東山の高見へ上っていました。
その日もまた、警報がひんぱんに鳴っていた日でありました。私は新日吉神社の近くの木立の下のいつも腰掛ける切株に腰掛けて、暮れて行く町を見ていました。明日は再び見る事の出来ないかも知れないこの町を、言いようもない気持で見ていました。
その時でありました。私は突然一つの思いに打たれたのでありました。なあんだ、なあんだ、何という事なんだ。これでいいのではないか、これでいいんだ、これでいいんだ、焼かれようが殺されようが、それでいいのだ――それでそのまま調和なんだ。そういう突拍子もない思いが湧き上って来たのであります。そうです、はっきりと調和という言葉を私は聞いたのであります。