岡本 かの子
好い手紙
場所、東京、山の手の一隅、造作いやしからねど古りたる三間程の貸家建の茶の間、ささやかなれど掃き浄められて見好げなる庭を前にす。
晴れたる夏の朝、食後卓上の器具とりかたづけられぬ前、卓上には器具の真中に夏花の一輪挿し。室内の壁間ところどころに金縁、或は白木の手製らしき額縁にはめられたる油画。ある一二ヶ所にヴァイオリン一二挺掛けてある。
男二十四五、武骨なれども垢抜けたる風貌、洗いたての白地単衣、煙草をくゆらして長閑なる様。三分間の後、女出で来る。
女三十前後、美貌、ただし眼がかなり強い。片手に食後の果物皿、片手に、水色の小形封筒を持ち居る。派手なれどレファインされたる品よき着附、雪白のエプロン、男の傍に坐る。果実皿を卓上に置き封筒を突附ける様に男の前へ置く。男、一寸あわてて直ぐ落ち付く。