岡本 かの子

食魔に贈る

Larue

巴里の雑踏はそこから始まるという大並木路マデレンの辻の角に名料理店、ラルュウがある。

店をイルミネーションで飾るでもなし、英字新聞の大陸版へ広告を出すでもなし、表の構えは普通に塗った木目の板で囲い、ただ内側だけ気持よくこしらえてしとやかに客を待つといった風だ。もし春の夕闇に鶉の下蒸しの匂いが廚房から匂って出なかったら通りがかりの人はおそらくこの辺にあり勝ちの住宅附事務所とも思って過ぎてしまうだろう。

しかし客が入口の扉を繰るやさすが名料理店の節度が其処に待ち受けている。輩下を従えた老給仕頭が慇懃に迎い入れる。その瞬間に彼は客が食通であるか無いかおおよそ見分ける。舌のない客と鑑別ければ左室の通称「悪い側」の方へ入れる。其処では客はたとえでたらめな皿の取り方をしても宜い、四囲の客も皆そうなのだ。若し舌のある客と認められたら彼は右側の室へ入れられる。気を付けなければいけない、ここは食慾の道場だ。三昧を擾してはならない。人々は敬虔に本能に祷り入っている。人々の態度はいう。

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