佐藤 春夫
あじさい
――あの人があんなふうにして不意に死んだのでなかったら、仮にまあ長い患のあとででもなくなったのであったら、きっと、あなたと私とのことを、たとえばいいとか決していけないとか、何かしらともかくもはっきりと言い置いたろう……わたしはどうもそんな気がするのです。でも、あなたがあれから七年も経つのにどうして今日までひとりでいらっしゃるか、またわたしがどうして時々お説教を聴きに出かけたりするような気持になったか、そのわけをあの人は、口に出しては言わなかったけれどちゃんと知ってはいたのですものね。それならばこそ、私を一そうやさしくもしたのでしょう。そのことを思うとわたしは、それだけにまたどうしていいか心が迷うの。そうしてわたしとあなたとがこんな話をしていることも、またこんなことを思って見ることも気が引けてならないのですわ……
そう、今のさっき目に涙を溜めながら女の言った言葉を、男は、自分の心のなかで繰返して見た。そうして、女がどういうわけでそんなことを言うかという心持が男にもわかるように思えた。それにつけてもあの時から言おうか言うまいかと思いまどうている事を、今も、女に打開けようかどうかと考えたりする。それは、――全く、私はあののち幾度あの男が死んでさえくれたら。……と思った事があるか知れないのです。あなたの夫があんなふうにして溺れ死んだその瞬間にも、私はもしかすると遠くで何も知らずにではあったが、それを思いつめていなかったとは言えないのです。実際、それほど度々私はそのことを思ったのだから。男が言おうか言うまいかとしている言葉というのはそれだけのことである。
六畳の仏壇の間に、蒼白くやつれた