横光 利一

妻

雨がやむと風もやむだ。小路の兩側の花々は倒れたまま地に頭をつけてゐた。今迄揺れつづけてゐた葡萄棚の蔓は靜まつて、垂れ下つた葡萄の實の先端からまだ雨の滴りがゆるやかに落ちてゐた。どこからか人の話し聲が久し振りに聞えて來た。

「まア、人の聲つて懷しいものね。」と妻は床の中から云つた。

妻はもう長らく病んで寢てゐた。彼女は姑が死ぬと直ぐ病ひになつた。

遠くの荒れた茫々とした空地の雜草の中で、置き忘れられた椅子がぼんやりと濡れた頭を傾けてゐた。その向ふの曇つた空の下では竹林の縁が深ぶかと重さうに垂れてゐた。

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