永井 荷風

佛蘭西人の観たる鴎外先生

佛蘭西人アルベール・メーボン著今日の日本と云ふ書に著者が鴎外先生を上野博物館に訪問したる記事あり。大意左の如し。

(メーボン氏は千九百三十九年中巴里に歿すと云)

森氏は一千八百六十年に生れたり。陸軍の醫官たりとの一事は直に氏が教養の全く獨逸風なることを知らしむるに足るべし。(略)その作舞姫は小説家として氏の名を顯著ならしめたり。年わかき獨逸の女が日本の戀人の修練せられしマリボオ風ともいふべき態度言語に心をひかれ愛慕の情を傾く。其作意にはやゝ晦澁なる所なきに非らず。一般の批評家より修飾の文學と言はれしものなり。

審美學に關する幾多の評論を見るに森氏は美の研究につきては其方面の何たるを問はず好奇的興味を示したり。氏は隱れたる物の中より一思想を發見するや殆んど肉感的なる衝動を催し、これを解剖し其記録をつくりぬ。氏は純然たる藝術家にして常に宇宙の動勢を凝視し、定りなき物象と人間とを觀察して啻に精神的たるのみならず又官能的興味を求めたり。

青空文庫の作品カード